使うつもりで残した「サンキューカード」が、ずっと使われないままだった理由と向き合い、手放しました。

59日目は「サンキューカード」。
昔、フリマアプリに頻繁に出品していた頃に、何かの機会で手に入れたものです。
厚紙に「Thank you」と書かれていて、ちょっとしたタグのような紙もの。
梱包時に商品に添えたら可愛いし、「これは使えそう」と文具入れにしまっていました。
ただ、実際に発送作業をする時になると、その存在を完全に忘れてしまう…
代わりに使うのは、いつも手元に出してあるサンキューシール。習慣的にそちらを貼って終わりにしてしまいます。
見返してみると、このサンキューカードは一度も使われることなく、何度も「そうだ、これがあった。次は使おう」と思いながら、また同じように忘れられてきました。ある種の“ループ”です。
そのうちフリマ出品自体も頻度が減っていき、発送機会も少なくなりました。けれどカードはずっと引き出しの中に残り続け、「いつか使うかもしれない」という期待と共に、居座っていたのです。
今回、捨てる100日の途中でこの札を見つけたとき、思ったのは
「もう“次こそ”は来ないな」でした。
たった数枚の紙ですが、私にとっては「活かせなかった可能性」や「やり残し感」を象徴するような存在でもありました。
でも、これもまた執着の一つなんですよね。小さな紙にすぎないけれど、使うたびに満足感が得られる…そんな“予定された気持ち”を引きずっていただけなのかもしれません。
過去の“つもり”から自由になるために、今日は潔く、処分します。
使っていないことに罪悪感を持つ必要もなければ、無理に活用しようとする必要もない。