使っていない趣味道具を見直すことで、スペースと思考の余白が広がる効果を実感しました。

かつて、羊毛フェルトの可愛さと無心でちくちく刺す作業にハマった時期がありました。
手芸屋さんや100円ショップで見つけては少しずつ材料を揃え、夢中で作っていた頃。
けれど、生活のリズムが変わるとともに作らなくなり、最初の断捨離で大半は処分しました。
でも…どうしても「また作りたくなった時のために」と、一部だけを“最小限”と言い訳して残していました。
ニードルや羊毛の余り、さし目など、それらはいつか再開した時のために、お決まりのジップロックにまとめて引き出しの隅に。
でも、この「捨てる100日」を通して思うのは、「いつか」のために保管するものほど、自分のスペースをじわじわと奪っていくということ。
たとえ小さな袋ひとつ分でも、その中にある“迷い”の存在感は決して小さくありませんでした。
羊毛フェルトをまた始めたくなったら、その時にまた新しく道具を選べばいい。
過去の自分が選んだものを、今の自分が持ち続ける必要はない。
そう思えたことで、ようやく手放す決心がつきました。
「楽しかった経験」としてはもう十分に残っています。だから、モノとして残す理由はもうないんだと、実感できました。
皆さんの家にもありませんか?「またやりたくなった時のために」と残している“ほんの少しの道具”たち。
その“少し”が、気持ちの中で“結構な重さ”になっているかもしれません。
“またやりたくなったら”より、“今やってること”に目を向けるルールを持とうと思います。