思い出の詰まったモノを手放すことで、脳の負荷が軽くなる実感。夢の国から持ち帰った“ときめき”を整理する日。

10年以上前、ディズニーランドで買った可愛いシールロール。
キャラクターの絵柄も色合いもどストライクで、たぶん自分用の思い出にと、テンションのまま買ったものだったと思う。
あのときは「何かには使えるし!」「かわいいから手帳に貼ろう!」なんてワクワクしながらレジに並んでいたはず。でもその“使える”は一向に訪れず、ずっと引き出しの中でくるくる巻かれたままの状態で眠っていました。
思い出が詰まっていて、何年も持っていることで自分にとって「特別」な位置づけになってしまっていたけれど、実際には使い道もないまま、何度も「どうしよう」と考える対象になっていた。
その度に少しずつ脳のリソースを奪われていた気がします。開けるたびに「これはどう活かそう」「ラッピングに使える?」「でも使う機会ある?」と、ただのシールにこんなにも迷わされていたなんて…。
ふと、これはもう「思い出」ではなく、「負担」になっていると気づきました。
可愛いから残したい、貴重だから捨てられない、でも結局使えないまま。
そんな状態が何年も続いていたのです。
今回は「この先も使わない」と冷静に判断することができたのと、何よりこの“捨てる100日”を通して「使えない可愛いもの」を手放す訓練ができていたからこそ、気持ちに区切りをつけられました。
夢の国でテンションが上がってつい手が出る雑貨たち。もちろん楽しい思い出も大切だけれど、モノとしては冷静な目で見る必要がある。
買ったときのワクワクも思い出として持っておきたいけど、今の自分の感覚ももっと大事にしていきたい。今回の手放しは、そんな自分へのリマインドでもありました。
使えない“ときめき”は、思い切って手放してこそ、本当に自分に必要なものが見えてくるのかもしれません。